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時流ノート

加納典明と東ちづる:スキャンダルの真相、その後の関係と二人の歩んだ道

Author

Christopher Green

Updated on July 20, 2026

1990年代の日本芸能界には、時代を象徴するスキャンダルがいくつも存在した。その中でも特に人々の記憶に残り続けるのが、加納典明と東ちづるをめぐる不倫報道だ。「お嫁さんにしたい女優No.1」として国民的な人気を誇った清純派女優と、型破りな言動で知られるカリスマ写真家。この二人の関係は、当時の週刊誌を賑わせ、片方のキャリアを大きく揺さぶった。

加納典明と東ちづるのスキャンダル関連イメージ

加納典明とはどんな人物か

加納典明(かのう てんめい)は1942年2月22日生まれ、愛知県名古屋市出身の日本の写真家だ。本業の他に、タレント・俳優・コメンテーターとしても幅広く活動してきた。その生き方は、常に境界線の上を歩くようなものだった。ルールに縛られることを嫌い、自らの表現を最優先に行動してきた人物である。

名古屋市立工芸高等学校印刷科を卒業後、名古屋市在住の写真家・小川藤一に師事。1962年に東京へ上京し、杵島隆に師事。その後独立してフリーの写真家として広告業界を主な活動の場とした。師匠の背中を見ながら技術を磨いた若き加納は、やがて誰も踏み込まなかった領域へと足を踏み入れていく。

1969年、平凡出版社の『平凡パンチ』ニューヨーク特集のために渡米し、そのままニューヨークに留まり、個展「FUCK」を開催して脚光を浴びた。このタイトルだけでも、加納典明という人間の本質が透けて見える。挑発を恐れない、むしろ挑発を武器にする写真家として、その名は一気に知られるようになった。

写真家でありながら、小説を発表したり、映画に出演したりと、マルチに活躍していた加納典明。90年代はバラエティにも進出し、毒舌とぶっきらぼうな態度のキャラクターが広く認知されることとなった。テレビ画面に映る加納典明は、どの番組に出演しても場の空気を一変させる独特の存在感を持ち、視聴者に強烈な印象を残した。

東ちづると加納典明:出会いのきっかけ

東ちづるは広島県因島市の出身で、24歳で芸能界入りし、家庭的なイメージで「お嫁さんにしたい女性有名人ナンバー1」に選ばれるなどしていた。テレビに映る彼女は常に清潔感があり、親しみやすく、そして料理が上手という完璧な「理想の女性像」を体現していた。

加納さんは、女性の魅力を引き出す写真家として多くの有名人を撮影してきた実績があり、東ちづるもまた、被写体の1人だった。レンズを通じて始まった二人の関係は、やがて撮影現場の外へと広がっていったとされている。

東ちづる 1990年代の女優活動

1992年スキャンダル報道の衝撃

1992年、写真家の加納典明さんとの不倫疑惑が週刊誌に報じられてしまった。当時の報道では、東ちづるさんと加納典明さんが2人でホテルに入っているところが激写された。加納典明さんは既婚だったため不倫疑惑が報じられた。この報道は芸能界を一気に駆け巡り、東ちづるの清純派イメージは根底から揺らぐことになった。

問題は報道の内容だけではなかった。メディアの取材に対し、加納典明さんが「俺が(東ちづるさんの)上に乗っているのを見たのか?」と啖呵を切ったことでも話題になった。この一言が火に油を注ぐ形となり、スキャンダルはさらに過熱。記者たちは連日追いかけ、週刊誌は売り上げを伸ばした。

「俺は撮影した7割の女と肉体関係を持った」と公言していた加納典明さんだったため、この報道によってそれまでの東ちづるさんの清純派イメージは崩壊してしまった。加納典明という人物の過去の発言が、事態をより複雑にしたのは言うまでもない。

1942年生まれの加納典明は本業の写真家の他に、コメンテーターやエッセイスト、俳優など幅広く活躍していた。当時「お嫁さんにしたい女性有名人No.1」に選ばれていた東ちづるにとっては、自由奔放な加納典明との交際報道はマイナスイメージとなったようだ。年齢差は17歳。生き方も価値観も、まるで正反対の二人だった。

加納典明の過激な活動と逮捕という転機

東ちづるとの関係が報じられていたのと同じ時期、加納典明は写真家としての活動でも大きな問題を抱えていた。1993年2月、全ページが加納典明の撮りおろしとなるヌード雑誌『月刊 THE TENMEI』を創刊。創刊号から公称70万部を売り上げる大ヒット作となるが、号を重ねるに連れ内容がエスカレートしていった。1994年7月、ついに警視庁が「わいせつ図画販売の疑い」で警告を発した。

警告から半年後の1995年1月、『月刊 THE TENMEI』の未公開カットも掲載された総集編『きクぜ!2』が、警視庁によりついに摘発されてしまう。典明の事務所と版元も家宅捜索され、店頭に並ぶ同誌も回収となった。これは日本の出版業界においても歴史的な事件として記録された。

1995年2月、ついに警視庁にわいせつ図画販売の容疑で逮捕されてしまう。加納典明さんは警察から12日間にわたる取り調べを受け、一転してこれまでの強気な姿勢を撤回し「反省している。今後こういうことはしない」と謝罪した。あれほど強気な言葉を並べていた男が、12日間で静かに白旗を揚げた。そのギャップは、当時の人々に強烈な印象を残した。

加納典明 写真家 個展 作品イメージ

破局とその後——それぞれの人生へ

加納典明さんは1996年に東ちづるさんと既に破局していることを明らかにしているため、2人が交際していたのは事実だと見られている。スキャンダルの嵐が過ぎ去った後、二人はそれぞれの道を歩み始めた。

東ちづるは、加納典明との不倫によって"お嫁さんにしたい女優NO.1"のイメージを失墜させたが、女優業の他にも、番組コメンテーターとしての地位を築いていった。その後も途切れることなく仕事を続けた東ちづるの粘り強さは、彼女の本来の力を証明するものだった。

東ちづるさんは加納典明さんと破局した後、和食店を経営する2歳年下の堀川恭資さんという男性と交際を開始し、2003年に結婚している。当時の報道によれば、東ちづるさんと夫の堀川恭資さんは結婚まで8年間交際を続けていたという。8年間の交際期間を経ての結婚は、今度こそ本物の絆を確かめたいという二人の静かな決意の表れだったかもしれない。

2012年には夫の堀川恭資さんが難病「ジストニア痙性斜頸」を患っていることを公表している。東ちづるさんは夫を支え続け、その後病状は随分と良くなり、担当医師も驚いているという。困難な状況でも夫に寄り添い続けた東ちづるの姿は、かつてのスキャンダルとはまた別の印象を世間に与えた。

2012年、銀座の個展での静かな再会

破局から十数年が経った2012年12月。加納典明の銀座の個展に、東ちづるが姿を見せた。これは加納典明自身がブログで明かしたことだ。「今夕、銀座の個展会場にちづるさんが見に来てくれた、久し振りに会った。相変わらずシャキシャキと元気そうだ」と加納は記している。二人の間にわだかまりがあったとしても、時間というものは関係を整理してくれることがある。

ブログで加納典明が、2012年に東ちづるが自身の個展を訪れたこと、今後も活躍を遠くから見守りたいなどを書いており、別れた後も連絡を取り合っているようだ。かつて世間を騒がせた関係は、時を経て穏やかな人生の交差点へと変わっていた。

東ちづるの社会活動——女優の枠を超えた生き方

スキャンダルを乗り越えた東ちづるが向かったのは、より大きな社会的使命だった。東ちづるは白血病の少年と出会い、骨髄バンクの活動を始めて20年以上経過した。骨髄バンクを多くの人に知って欲しいと願う少年の為に、啓発ポスターを作成したという。

その他、あしなが育英会、障がい者アート、ドイツ平和村などの活動に関わり、弱者を守る活動を通して誰もが生きやすい世の中、"まぜこぜの社会"の実現を目指す「一般社団法人 Get in touch」を立ち上げ、今なお尽力している。女優としての知名度を活かしながら、より多くの人の声を届けようとする姿勢は、単なる芸能人の社会貢献活動とは一線を画す。

加納典明の現在——写真家として、そして人間として

逮捕という重大な転機を経た後、加納典明は静かに、しかし確実に歩み続けた。ヒザを人工関節にする手術や2度の胃がん、心臓の大動脈弁を交換する手術を経た現在も撮影活動に励んでいる。創作意欲は依然として衰えない様子で、被写体には強烈な個性を持つ面々をセレクト。「今は昔の俺に戻った。今後も新しいものに挑戦したい」と語っている。

加納典明は、その独自の視点や経験から多くの名言を残している。彼の言葉は、芸術だけでなく、人生全般にわたる深い洞察を含んでおり、多くの人々にインスピレーションを与えている。肉体的な試練を経てなお写真と向き合い続ける姿に、この人物の根底にある執念を見る思いがする。

加納典明は日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など数々の賞を受賞している。スキャンダルや逮捕という暗い側面が注目されがちだが、写真家としての実績は本物だ。その点は公平に評価されるべきだろう。

加納典明はバイクレース・鈴鹿8耐にチーム監督として参戦するなど、写真以外の分野でも精力的に活動している。年齢を重ねてもなお新しいフィールドへ踏み出す姿勢は、好き嫌いは別として、一種の生命力を感じさせる。

東ちづる Get in touch ボランティア活動

二人の関係が残したもの

加納典明と東ちづるのスキャンダルは、単なる不倫報道の枠を超えて、時代の空気を映す鏡でもあった。1990年代の日本メディアが「清純派」というイメージをいかに商品化し、それが崩れた瞬間にどれほど激しく報じるかを、この一件はくっきりと示した。

東ちづるはイメージダウンを受けながらも女優業を続け、やがて社会活動という新たな使命を見つけた。加納典明は逮捕という挫折を経ながら、写真家としての本質的な部分を失わなかった。二人はそれぞれに傷を負い、それぞれの方法で立ち直った。

2012年の銀座での再会は、時間の流れが人間関係をどう変えるかを静かに示している。かつての激しい感情が穏やかな距離感へと変わっていく過程は、スキャンダルの影にある人間的な側面だ。加納典明と東ちづる、この二人の歩みは、芸能の世界で生きることの光と影を、生々しいほどリアルに教えてくれる。